ABC 誕生ストーリー①

中国、シンガポール、香港にすっかり遅れをとってしまった日本の英語教育と国際化。外国人教員比率、留学生比率、論文引用数などが評価対象となる世界大学ランキングで東京大学はアジア首位の地位を2016年以降逃し続けている。政府の肝入りで推し進められてきた英語教育改革もわらに5年遅れることとなった。そんな危機的な教育現場の穴埋めに現れたのが

英語塾 ABCだ

常識をキライ、個性を重んじ、高みを目指す。世界の優秀なエリートたちが日本KIDSに世界基準の英語を身につけるトレーニングを行うことそれが英語塾 ABC 最大の武器だ。

ABCを創ったオトコ

大阪星光学院、神戸大学を経て三菱電機、NTTデータ、リクルートと誰もが知る有名企業を渡り歩き楽天大阪支社長を務めたのち、男はサラリーマン人生に終止符を打つ。2013年ー男は英語塾 ABCを開校した。男の名は Michael Tetsuya ichimoto(市本 哲也)。楽天ブランドと支社長の地位を捨て Michael が英語塾を開校するに至った理由を少しずつ紐解いていこう。

2003年

新幹線の中、ひまつぶしのつもりで買った本を取り出しパラパラとページをめくる。次の瞬間Michaelは心を奪われる。

「A Nation At Risk(危機に立つ国家)」

1983年のアメリカ、レーガン大統領の時代。ベル教育省長官によって設置された諮問機関が提出したレポートだ。

わが国は危機に直面している。かつてのアメリカの商業、 工業、 科学、 技術革新における優位さが、世界の多くの競争者に奪われようとしている。そして、その原因が公教育の水準低下にあり、その改革が国家的政策課題である。

A Nation At Risk

国家危機の原因が公教育の水準低下にあるとストレートに伝えているこのレポートはMichaelに大変な衝撃を与えた。Michaelは後に「教育の重要さを改めて教えられた」と語っている。

にもかかわらず Michaelはお気楽な人生を過ごしていた。やれ銀座だ、やれハワイだと浮かれた生活を続けるMichaelに転機が訪れる。

2008年

Michaelは楽天株式会社に入社するのだ。楽天が英語公用語化への道を突き進もうとしていたまさにその時だ。だがMichaelはそんなこととは知らずに順調に昇進していく。そしてMichaelが部長というポジションを得たその時、革命の大号令が響き渡る。

Englishnization!

楽天の管理職は TOEIC 800点以上取得しなければならない。会議は英語で行われる。資料もすべて英語で作成しなければならない。そんな大革命が突然起きたのだ。

Michaelは入社早々TOEICのスコアアップに励み、会議の前夜に徹夜で英語の資料を作成することとなる。MichaelはTOEIC スコアアップのために数々のTOEIC対策本を買いあさり、対策講座を受講した。

その費用は覚えているだけでざっと100万円 也

英語公用語化の波によってMichaelは驚くほどのお金と時間を費やすこととなる。

その一方で

Michaelには2人の子どもがいる。長男Xと長女Y。Michaelの2人の子どもたちは小学生の頃にオーストラリアへ留学した経験を持つ。2年間だけの留学ではあったが彼らが得たものは想像以上に大きかった。彼らは英語の勉強をほとんどしなくていいのだ。英語の勉強をする代わりに他教科の勉強ができるのだ。

それに引き換え自身は、毎週社長出席会議の前に徹夜で英語の資料を作らなきゃならない。Michaelは英語ができることの「有利さ」を痛感するのだ。